渡辺勲ストーリー
「人によろこばれる仕事がしたい」
大学を卒業後、広告代理店で働いていた私は、ある時からそんな気持ちを持つようになります。そのときは、人によろこばれる仕事が何なのかはわかりませんでしたが、今思えば、それは「治療家をめざせ」という神の啓示(?)だったのかもしれません。
その後、私は「脱サラ」してDPE店を経営します。そんなある日、私は腰痛で「整体」のお世話になることになります。腰を治療してもらいながら「そうだ! 治療家こそ人によろこばれる仕事だ」とひらめいた私は、迷わず整体専門学校に入学します。すでに30歳を過ぎてからの挑戦でしたが、不思議と不安感はありませんでした。学生時代はサッカー部に所属、小学校教員養成課程で体育を専攻していた私は、もともと「人のカラダ」に対する興味を持っていたのです。
順調に学校を卒業し、調布に「快整体院」をオープン。整体師としての一歩を踏み出します。その後、平成16年3月に自宅に施療拠点を移し「快バランス整体院」を開くことになります。現在は、この小さな整体院を「地域ナンバーワンの整体院にしたい」という高い理想を掲げて、日々、みなさまの施療にあたっています。
私自身の性格はといえば「極めてオーソドックスなタイプ」と自分では思っています(友人にはよく「変わり者」といわれますが…)。良くも、悪くも「まじめ」がとりえ、それほど器用なタイプでもありません。趣味は「サッカー」。ここ数年、現役引退状態ですが「サッカー大好き整体師」を自負しています。サポーターとしても、日本が初出場となった「98年ワールドカップ・フランス大会」は現地で生観戦しています。生活信条は「すべての縁は必然である」というものです。
現在私が整体院を営む、ここ「世田谷区北沢」は私の生まれ育った土地です。この地で「人によろこばれる仕事がしたい」という、あの日の思いをかたちにできたことは、私にとって大きなよろこびです。この地で、家族に支えられながら、地域に根ざした「地域密着型整体院」として、みなさまに愛される整体院をつくっていきたいと思っています。すべての縁を必然と捉え、整体院を訪れてくださるすべての方々に真摯に接していくつもりでいます。
「快バランス整体院」は、みなさまと、みなさまのファミリーのための整体院です。私、渡辺勲ともども末永いおつきあいをお願いもうしあげます。
2006年 5月12日 渡辺 勲
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中央・渡辺 勲
「サッカー大好き整体師」
左側・渡辺 咲
「サキ・花が咲いたように周りを明るくする女の子に、という願いをこめて命名」
右側・渡辺英寿
「ヒデトシ・サッカーの中田選手から名前をもらう。当然のようにサッカーチームに入れられる」
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