治療院ストーリー
快バランスストーリー
「人によろこんでもらえる仕事がしたい」
大学を卒業後、某広告代理店でサラリーマンをしていた私は、ある時そんな衝動にかられました。今思えばこの時、将来「快バランス整体院」ができることは、すでに決まっていたのかもしれません。その後、4回の転職を経て脱サラ、DPE店を立ち上げた私は腰痛で近くの整体院に通うようになります。
その整体院で腰痛を治してもらううち、私の中に再び「人によろこばれる仕事がしたい」という衝動が湧き上がってきました。さらに「治療家こそ人によろこんでもらえる仕事だ!」と思った私は整体専門学校の門をたたきます。
2年間学校に通い、卒業後1年間は学校での補講を受けながら「出張専門」で施療活動を始めました。出張施療の1年間、一日の施療数は多くはありませんでしたが、それぞれの方のご自宅に伺っての施療、いわば「アウェイの経験」はコミュニケーション能力を養う上で貴重な経験となりました。
その後、念願かなって調布という場所に「快整体院」という名前の治療院を開きます。まずまず順調に数年が過ぎた頃、私をある事件がおそいます。実の姉の死…、自殺でした。そのショックから知らず知らずのうちに私は「うつ状態」に陥ってしまいました。施療もままならず、治療院も他の方にゆずり、一時施療活動を離れることになります。
うつ状態からの回復には数ヶ月を要しました。この間、妻と2人の子供たちには本当に大きなサポートをうけました。この間に私たち4人の間には、これまでと違った深い「家族の絆」ができたように思えます。いまでは姉の死も、私たち家族に大きな財産を残してくれた出来事として、姉への感謝とともに受け入れられるようになりました。
施療活動を再開できる状態になった私は、家族への強い想いから再起の場所として自宅を選びました。この決断には、二世帯同居の両親も賛成してくれました。喜んで自宅の一室を提供してくれた両親にも大きな感謝の念を抱かずにはいられません。2004年3月25日。自宅を改装し、家族みんなのサポートを得て開いた小さな治療院。それが「快バランス整体院」なのです。
現在は、快バランス整体院も「地域に根付いた、地域ダントツ一番の治療院をめざす」という自負心と目標を掲げ、たくさんの方に支えられ成り立っています。私自身、家族の息使いを感じながら、「人によろこんでもらえる仕事がしたい」というあの日の想いを実現できたことに感謝し、みなさんの施療にあたる毎日です。
快バランス整体院は現在も、そしてこれからも、あなたとあなたのファミリーのための整体院です。ご来院いただいているみなさんへの責任として、今後も快バランス整体院は施療の充実をはかるとともに、地域に根ざした、みなさんを元気にする整体院をめざします。どうぞ末永いお付き合いをよろしくお願いいたします。
2006年 5月25日 快バランス整体院 院長 渡辺 勲
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妻・紀子(中央)
「子育て・介護に奮闘中」
娘・咲(左)
「只今、ミニバスケに夢中」
息子・英寿(右)
「内弁慶のサッカー小僧」
家族は私を支えてくれる「チーム」です。みんなのおかげでがんばれます。いつもサポートありがとう! |
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